à Camille Saint-Saëns
カミーユ・サン・サーンスに

PÉNÉLOPE
ペネロープ

poème lyrique en trois actes
DE RENÉ FAUCHOIS
ルネ・フォーショワによる3幕の音楽詩

musique de
Gabriel FAURÉ
1845〜1924 
カブリエル・フォーレ(1845〜1924)による音楽 (1907〜1913作曲)

 1913年3月4日、モンテカルロ・オペラ劇場にて、監督M.R.ギュンスブール、指揮L.ジェアンにより、初演。なお同年、Heugel社よりピアノ伴奏譜が出版された。
 パリ初演は、1913年5月10日,シャンゼリゼ劇場にて、監督M.G.アストリュック、指揮M.L.アッセルマンスにより,同劇場の柿落としの演目として上演された。同日より10回、さらに同年10月に7回の公演が行われた。

あらすじ

 ホメロスの「オデュッセイア」に歌われた、英雄オデュッセウス(*)と、その帰国を待つ妻ペネロペイア(*)の物語である。

 (*)オデュッセウスは、フランス語でユリッス、英語でユリシーズ、イタリア語でウリッセ、ペネロペイアは、フランス語ではペネロープとなる。
 なおこの解説では、物語の人名と地名について、ペネロープを除いて、岩波文庫版「オデュッセイア」(松平千秋氏訳,下巻末索引)に記載された、一般に知られている語形であるアッティカ方言形またはラテン語形を用いた。

 ギリシァ軍の将の一人としてトロイアとの戦いに出かけたイタケの王オデュッセウスは、十年をかけて漸く勝利に終わった戦いののち帰国の途につく。しかし、海上を漂流するうち、海神ポセイドンの怒りに触れ、十年経っても、カリュプソの島に足留めされて故国に帰還できない。妻ペネロープは、その二十年の間、ひたすら夫の帰国を待ち望む。しかし、王宮には今や、「王は死んだ。自分と再婚を」と迫る百人余の求婚者たちが上がり込み、家畜を屠り、侍女を侍らせては酒宴に明け暮れ、狼藉の限りを尽くしている。

[序曲]

 音楽は、いかにも、ペネロープの悲運、耐え忍びながらも夫を思い続ける、その強い心を現すかのように始まる。譜例1が示すように、冒頭の楽想は「ペネロープの主題」であり、各声部の旋律やリズムが、和音の響きや音色とともに、オペラ全幕にわたり、ペネロープを表現する素材となる。

ex1
 やがて、跳躍の多いリズミカルな旋律、すなわち「オデュッセウスの主題」(譜例 2)が現れる。以後、序曲は、両者を主題とするソナタ形式として展開され(132小節)、古代ギリシアを舞台に繰り広げられる史劇の幕開けにふさわしい、格調と力感に富んだ音調を響かせる。

ex2

[第一幕]

 イタケの王宮内、ペネロープの居室の前庭。奥に高い円柱。

第一場

 幕が上がると、侍女達が糸を紡いでいる。伴奏は糸車の動きを描くが、すでに或る者は倦み、糸車から離れる。環から吊られた垂れ幕を上げると、外の陽光が見える。
 侍女たちは、気怠く、夢見心地である。「糸車は重い。王宮は暗い。」と歌い始め、「刺繍の下絵は、私たちの夢ほども美しくなく、酷い運命は、私たちを侍女に生まれつかせ…、私たちの体に宿る美しさはすり減って…ただ鏡だけが私たちの美しいことを知って、私たちを愛してくれた」と嘆いていると、舞台裏から男達の哄笑が聞こえる。
 厚かましく鳴りわたる「求婚者たちの主題(譜例 3)」と、再度の大きな笑い声を耳にしながら、侍女たちが噂する。「あれは求婚者たち。女王ペネロープさまに、策略で、はねつけられても、酔いつぶれ、騒ぎ、羊を屠り、遊び暮らしながら、やがて誰かひとりが再婚の相手に選ばれるのを待っている…。でも、私だったら、こんなにも長いオデュッセウスさまのご不在のあとですもの、あの方が求婚してくださるなら、お受けしても…。え、どなたとなら?…」と、侍女たちは、はしたなく求婚者たちの品定めを始めるが、やがて、それも空しく、ため息に変わると、ふたたび一同で「糸車は重い」と歌う。
 そのとき、垂れ幕が乱暴に開かれ、求婚者たちが入ってくる。侍女たちは驚いて立ち上がる。

ex3

第二場

 求婚者たちは、代わる代わる、侍女たちに「ペネロープさまに、お出ましあるようにと、急ぎお伝えしてくれ」と要請する。しかし、「悲しみにくれて、老乳母エウリュクレイアさまと引きこもっておられます」と、侍女たちが取り合わないので、しだいに怒りだす。

第三場

 騒ぎを聞きつけ、エウリュクレイアが出てきて、求婚者たちを叱る。「よくも、ここまで入っておいだね。出てお行き」。「黙れ。さもなくば…」と言い合いになるが、気丈な老乳母は、「そこを退け」と言われても「お守りするのに、爪も有れば、歯も有る」と、一歩も退かない。

第四場

 騒ぎが、しだいに大きくなり、オーケストラの緊張が、悲痛な響き(「ペネロープの苦悩を表す和音」)に達すると、べつの乳母エウリュノメーに支えられて、ペネロープが姿を現す。老乳母は女王の足元に倒れこんでしまう。ぺネロープは、静かに歌い始める。「昔、人は愛して、より愛することを知りました(譜例 4)…あなた方は、私を愛してなどいません」。すると、求婚者の一人、アンティノオスは、ペネロープを賛美して「我々は、あなたの心に叶うことを願い、十分に待ってきた」と、結婚の承諾の遅いことを恨むが、女王は「お話のあいだ、私は夢見ていました。お城から遠くはなれて、別の声、が聞こえました。なつかしい夫の、厳しく、優しい声は、私に、待つようにと言いました」と語り、求婚者エウリュマコスが「けっして帰っては来ない」と言うのを無視して、「私は、あの方を待ちます。ミネルヴァ(知恵の女神)が守ってくれます。もしゼウスの神が決めてくださったら、オデュッセウスは、今夜にも姿を現わすでしょう」と、歌声を高めてゆく。そのとき、オーケストラは「オデュッセウスの主題」を、繰り返し鳴り響かせる。

ex4

 求婚者たちが何を言おうと、ペネロープは、ひとり歌い続ける。「あの方は帰っておいでになる。ほんとにお会い出来る。愛しい英雄は生きている…」。
 しかし、求婚者たちはなおも食い下がる。ペネロープは怒り、軽蔑するが、彼等は、「約束」の履行を迫る。「約束」、すなわち、ペネロープは、執拗な求婚をかわす口実に、「舅(オデュッセウスの父)ラエルテスの経帷子を織らねばならないから,結婚できない」と言ってきたのだった。求婚者たちは、「織り終わったら我らのひとりと結婚する」と言ったペネロープの言葉を忘れてはいない。そして、エウリュマコスは、突然、織り機の覆いを払いのける。織機にかかっていた経帷子は、なんと、まだ織り始め、ほとんど手付かずの状態であった。求婚者たちは怒る。「我々の見ている前で織っていただこう」。そして、エウリュマコスは、折しも中庭を横切って来る笛吹きや踊り子たちを呼び寄せる。
 踊りの音楽が始まり、人々は踊る(「第一の踊り」)。酒が運ばれ、求婚者たちは、女王との愛を夢見て、彼等の思いを告げる。するとペネロープは、「あなた方の言うことは、私の胸の内に、オデュッセウスに抱かれたときの、あの愛の喜びの思い出を燃え上がらせるだけ。ああ、オデュッセウス、私の夫!来て!この苦難から救って!」と歌い上げる。

第五場

 すると、「オラー、オー」と呼ぶ声が聞こえて来る。エウリュマコスが外を見ると、乞食が入って来る。じつは、オデュッセウスが姿を変え、そうと気付かれずに王宮まで辿り着いたのだ。一夜の宿りを求める乞食を、求婚者たちは追い払おうとするが、ペネロープは、「主のオデュッセウスは長く留守をしているが、彼なら、最上の部屋に泊まっていただく様にお勧めするはずです。神々は、様々な姿に身をやつされ、旅人となって、時に、私たちの家に入ってこられると言います。」と引き止める。
 酒宴の用意が整う。求婚者たちは女王を誘ったものの断られると、「では、乞食と憂さを晴しなさい」と皮肉を言って、侍女たちを呼び戯れ始める。そして、共々に「私たちは二十才。恋に身を焼かれ、胸は高鳴る」と歌って、舞台から去る。

第六場

 ペネロープは、乞食に非礼を詫びる。そして老乳母エウリュクレイアを呼び「足を洗ってさしあげ、そのあとで食事をしていただくように」と命じる。老乳母は、「ここでお世話した不仕合わせな旅のお方のなかで、あなたほどご主人様に似た方はいない」と驚く。女王もまた「あなたの声は、私に、何かを思い出させる」と言いつつも、「夫は、今夜も、雨風と寒さのなか旅を続け…」と、オデュッセウスに思いを馳せる。
 乞食の足を洗いながら、老乳母は、見覚えのある傷跡を見付ける。「これは間違いなくオデュッセウス様のもの。あなたは…!]と声を出しそうになるのを、乞食は制して「言葉を出すな!」「では、あなた様ですね!トロイエで倒れなかったのですね?]「元気なのがわかるだろう。…私の腕で求婚者たちを罰してほしければ、ペネロープには黙っていなさい」。「黙りましょう。復讐のために」。ペネロープには、二人のやりとりは聞こえない。エウリュクレイアは、乞食を食事の場所に連れて行く。

第七場

 ペネロープは、独りになる。あたりに誰もいないのを確かめると、ラエルテスの経帷子を取り上げる。「求婚者たちの横暴が無意味になるように、私は、毎晩、その日に編んだ分を解いてしまう。上手に糸を結ぶ私は…」と、そのとき、求婚者たちが爪先立ちになって、奥から入って来る。オデュッセウスへの思いに耽っていて、見られていることに気が付かないペネープは「解くのはもっと器用に…」と、経帷子をほどき続け、遂に、求婚者たちに見付かってしまう。求婚者たちは怒り、「さあ、さっそく明日にも、ゼウスの神は、我々の一人をあなたの夫とするでしょう!もう待てません!」と言い捨てて退場する。

第八場

 ペネロープは嘆く。エウリュクレイアと乞食が近寄って来るのを見て、「希望は去った」と悲しむが、乞食は「オデュッセウス様は、きっと、今夜帰ってこられます。神々はすべてをご存知です」、老乳母も「私も、まだ望みを持ち続けています」と励ます。女王は、再び力をとり戻し、「私は希望を持ちます。海を見渡す丘に上って、運命が、ついにオデュッセウスの船を見せてくれるのを待ちましょう」と、エウリュクレイアを連れて自分の部屋に去る。
 乞食(じつはオデュッセウス)は、独り残る。毅然と姿勢を正し、ペネロープの玉座に進み寄ると、掛け布の房飾りと経帷子に接吻し、あらゆるものに目をやり、手で触れる。

第九場

 オデュッセウスは歌う。「いとしい妻よ。おまえの魂の苦しみはすぐに癒される。夫はついに帰ってきた。夫の愛は、妻の愛と等しい…」。ペネロープと老乳母が戻って来る。へりくだり、腰の曲がったオデュッセウスに、エウリュクレーはマントを渡す。

第十場

 ペネロープとエウリュクレイアが戻り「マントを着てください、ご老人。夜の闇は冷えます」と、いたわる。「さあ、行きましょう」。「お供します」。
 「ペネロープの愛の主題」が高まり、幕が降りる。

[第二幕]

 海に臨む丘の頂き。大理石の円柱が,ゆっくりと暮れてゆく夕べに、ほの白い。薔薇のからむ円柱の前にはベンチが置かれている。下手には、羊飼いの小屋。月の光が、静かに、全景を浸している。

第一場

 穏やかな序奏がおわると、年老いた羊飼いのエウマイオスが「羊の群れの鳴く山の肩に、黄昏が紫のマントを着せ…」と、美しい夕べの情景を歌う。他の羊飼いや少年が挨拶をして通り過ぎる。「いい夢を見るんだよ」。

第二場

 ペネロープが現れる。エウリュクレイアと数人の侍女が従い、乞食姿のオデュッセウスも一緒である。ほど遠からぬ所では、数人の羊飼いたちが焚き火を囲んでいる。
 「このベンチです。思い出します。幸せだった頃、ここでオデュッセウスは私の胸にもたれて、よく…」と、ペネロープは、白い大理石、ばらの香りと、月の光に、遠く過ぎ去った甘美な日々を思い出す。エウマイオスは「神々は、きっとあなたの願いを聞き届けられます。その日には、私も、この手で、お手伝いします。もし、お目にかかる前に私が死んでしまったら、どうか女王様、王様にお伝えください。私は立派に羊の番をした」と、変わらぬオデュッセウスへの忠誠を語る。
 ペネロープはオデュッセウスに「ご覧のとおりです。私が帰りを待ち続けている英雄を、この貧しい羊飼いたちだけは、同じように慕いつづけています」と語りかける。そして、これをきっかけに、二人は(ペネロープは、乞食が夫とは気付いていない。その乞食に夫への思いを語り、乞食は妻を目前にしつつも、自分が夫とは名乗れない。本心を、乞食の口を通して、乞食の推量のように語るが、話せることには限りが有る。すなわち、互いの表現は、ときに間接的で、きわめて抑制されたものになるが)長い、語り合いが始まる。 ペネロープは、まず乞食に、なぜオデュッセウスの名を知っていたのか,なぜイタケに来たのか、信じて良いのか、と尋ねる。答えを渋っていた乞食は、話し始める。「オデュッセウスは、嵐に押し流されて、クレテの港に止められたのでした。私は、当地の王でした」。驚いたペネロープは、そのとき彼が何を着ていたか覚えているか、と問う。「きらめく太陽のように赤いテュニックを」と、答えを聞くと「ああ、本当です。確かに、夫は、あなたの所に止まったのです。…涙がとまりません。私は、彼がかならず姿を現わすと信じていますので…でも、どうしてですか? あなたも泣いておられのでは? なぜ?」。「私の心の傷のせいです。かっての栄光を思えば…」「私には辛い宮殿ですが、あなたには嵐を避ける港になるのでしたら、一生、居ても良いのです」「あの求婚者たちは?」「一羽の鳩に群がる烏です。勇敢な夫が帰って、死を彼等に、と、それが私の願いです」。 ペネロープは、しだいに様々なことを尋ねる。「オデュッセウスは、家や、妻を忘れて、異国の娘の膝の上ではないでしょうか?」。そのつど、オデュッセウスは真実を打ち明ける思いを懸命にこらえて、「王様は、必ず、あなたのところに帰って来られます。あなたの王は、あのお方の幸せな腕のなかで、うっとりとしているあなたのことしか思っておられますまい」。「そうでしょうか…」。
 老乳母は、夜も更けたので戻ろうと促すが、ペネロープの苦悩は深まる。「彼等の一人に身をまかせるくらいなら地獄へ落ちたほうがまし!」。
 そのとき、オデュッセウスがエウリュクレイアに言う。「壁にかっていたオデュッセウスの弓を見せてくれないか」。「あの方のお出かけ以来、誰ひとりあれを引いた人はいません」とペネロープが言うと、乞食は「求婚者たちのなかで、あの弓を引ける者しか夫にはなれません。彼等が、けっして有り得ない栄誉を求めて言い合ううちに、必ず、ご主人様は帰って来られます」と確言する。「希望は失せました。でも、あなたの助言のとおりにします」。そして、一瞬、ペネロープは「あ、あなたの声で思い出す人がいる! …でも言いますまい。その名を聞いて、あなたが思い上るといけない。」と、侍女たちを連れて退場する。

第三場

 オデュッセウスは、勢いよく、毅然とした姿勢をとり、羊飼いたちの方に行く。「エウマイオス!羊飼いたちの皆! 神々にかけて、私はオデュッセウスだ。皆の王だ」。一同は驚いて駆け寄り、王の帰還とわかると狂喜する。「朝日がさし始めたら、王宮に来てくれ。懲罰のために皆の力を借りたい。私が戻ったことは秘密にしておいてくれ。そうしたら、神々のお助けとともに、私は求婚者たちを討ちはたす!」。幕が降りる。

[第三幕]

 オデュッセウスの王宮の大広間。天蓋の下に玉座。左右に円柱。奥、正面に青銅の門。幕が上ると、すでに日中である。終幕まで、明るさを増してゆく。

第一場

 運命の力を思わせる重々しいリズムの序奏ののち、オデュッセウスが剣を持って言う。「一晩中、音もなく、影のように、暗い宮殿をうろつき、巨大な武器のなかから、この両刃の剣を選んだ」。そして、ペネロープの玉座の下にそれを隠す。

第二場

 老乳母が、そっと来て小声で言う。「ペネロープさまは暗く沈みこんで、眠ることも出来ませんでした」。「側に居てやってくれ。弓の策略を忘れぬようにと言うのだ。ともかく、私のことは秘密だ。そうすれば、夕べには、女王の微笑みが見られる」。

第三場

 エウマイオスが入って来る。跪こうとして「立て。ぼろを着た私に腰をかがめてはならぬ」と、乞食姿のオデュッセウスにたしなめられる。老羊飼いは言う。「求婚者たちは、それとは知らずに、我らの企みに手を貸しました。人を寄越して『女王様が結婚される。生け贄と宴会用に、朝までに羊13頭、牛20頭、雌の子牛100頭を届けろ』と言うのです。仕事にかこつけて、我ら全員が宮殿に集まっています。あそこです。ご命令さえあれば、盗人どもの首を絞めます」。オデュッセウスは、「ありがとう。私が剣を振りかざしたら、一斉に襲いかかれ」と指図する。エウマイオスは退場するが、舞台の奥には、羊飼いの姿が見え隠れし、その数は次第に増してゆく。求婚者たちが入って来る。

第四場

 求婚者アンティノオスは浮かれている。「こんなにも明るい陽射しのもとで、若さを感じるのはなんと快いことか」。乞食が居るのに気付き、咎める。エウリュマコスは烏が鳴く不吉な兆しを見たと仲間に言う。召使たちを呼び、にぎやかな酒宴で不安を晴らそうとする。「笛吹きたちを連れてこい。それから、いよいよ女王様を呼べ」。笛吹きたちが、演奏と、踊りを始める(「第二の踊りの音楽」)。

第五場

 ペネロープが、エウリュクレイアとエウリュノメーを従えて入って来る。召使たちは、女王の玉座に向かう。
 アンティノウスはペネロープに「美しいお顔から、憂いをお晴らしください。我らの一人を夫に指名さえすれば、あなたは、高い位にとどまり、何の心配も無く幸せに生きてゆかれるのです。さあ、お選びなさい!」と迫る。そこでペネロープは、例の弓を持って来させる。「では、あなた方のなかで、このオデュッセウスの弓を素早く引いて、一直線に並べた12の斧の環を全部射通せる人があれば、宮殿に止まっていただきましょう」。求婚者たちは、巨大な弓を見て動揺する。そのとき雷鳴が轟き、女王は激しい感情に捕らえられる。「恐ろしい嵐が、あなた方を運び去る! 私には、血にまみれた壁が見える…」「死の幻影で、我々を怯えさせようとするのか」「オデュッセウスは、もうすぐそこです!」。求婚者たちは「何も見えはしない。弓を引こう…」と、エウリュマコスが弓を取る。「これは重い!」。レオデスは「斧を並べろ」と命じる。刃の一部を地に埋め、柄を通す穴を一列に並ぶようにし、その穴を悉く射通すわけである(前掲書訳注より)。
 だが求婚者たちは、次々に試みて失敗する。高じる不安を酒に紛らわせようとするとき、オデュッセウスが「ひとつ私に」と進み出る。冷笑されながら、乞食は弓を引き絞る。怯える求婚者たちを尻目に、易々と斧を射通してしまう。「次はおまえだ」。矢は、エウリュマコスを倒す。ペネロープは立上がり、乞食はぼろをかなぐり捨てる。「オデュッセウスだ!」。彼は、玉座の下に隠してあった剣を取り出し、振りかざして叫ぶ。「羊飼いたち!ここだ!今こそ、この者どもの喉をかき切るのだ」。求婚者たちは逃げまどい、王と羊飼いたちは、舞台奥に追う。「助けてくれ!]、と悲鳴が聞こえる。王の身を案じたペネロープが扉に駆け寄ると、オデュッセウスが現れる。

第六場

 「正義は行われた」。「私の夫、オデュッセウス!」「ペネロープ!」「我らが王、女王!」。二人の歓喜。老乳母が知らせる「イタケの民が、トロイエの勝者、王様を一目見ようと集まって来ました」「よし、民に会いに行こう。羊飼いたちも来い。火刑台の煙りと消える盗人どもを、おまえたちは私と一緒に討ち果たしのだから」。

第七場

 イタケの民衆は、口々に「オデュッセウス様が戻られた。ゼウスの神に栄光あれ」と賛美し、一同「ゼウスに栄光あれ!」と高らかに合唱して、幕が降りる。

 

([あらすじ]執筆 末吉保雄)